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2008年05月29日 本当に奪われたもの

あきかンさんやエチャの方々と、悪魔城新作である
悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印の事について色々
思う事は話し合ったので、とりあえず現在の心境を。
以下考えが纏まりきってない上に、思想がかってるんで注意。
(5/30 文章精度高める為に加筆修正)

まず最初に、もし探索型だのキャラデザだのそういう懐古ゲーマーの愚痴を
聞きにきたのであればゴメンナサイ。その辺は例え自分と波長が合わなくても
自身の考え一つでいくらでも楽しむ余地がありますので、今回は全く別の事を。


今回危惧してるのは、言うまでも無く神戸年表消滅の危機。
1800年代を舞台にする事で、月輪、黙示録と時代が完全に重なってしまう
つまり、今までユーザーサイドによって補間されてきた妄想の余地を
根こそぎ毟り取る強行策に出てしまった
という事です。
ファンサイドの楽しみを奪う行為と言っても過言ではないでしょう。

ちなみにウチの言う妄想とは旧作、神戸作品、IGA全てを受け入れた上で
あらゆる試行錯誤の基に不完全な歴史とその意味を解釈していくこと。
「○○だから無理でしょ」とか「○○は気に入らないから黒歴史」と諦めていては
結局、IGAと逆の事をしつつも本質的には同じ事をしちゃってるんですよね。
「考える前に諦める事をしない」事こそが、制作者に対するリスペクトと反逆
ユーザーに対する楽しさの共有と一喝を兼ねれるんじゃないかと。
たかが方向性の一言で全てを見限るなんて、そうそう出来るものじゃない。

その後、僅かな望みを抱いて必死になり、自分と思想の違う人と議論を交わす事で
ウチは停滞思考になる事を常に避け、自分に無い思想の中に前向きに捉える余地が
あるとどこまでも信じ、一度は冷めたハズのシリーズ熱を次第に取り戻す事が出来ました。

(人それぞれの考え一例:
>新作出るだけマシじゃん 裏を返せば無関心って事でもあるけど
>内部事情が分からない僕には理解のしようが無い そして現状に不満も無い
>神戸とIGAを決別するなら歓迎だ 自分の年表は月輪で止まった
>ギャラリーが面白かったから心から新作を期待してる この方向性も楽しさがある
>ACTにちゃんとした設定を期待するとか、バカだろお前
…etc)

これらの考えを持つ相手に常に自分の意見を出し、それに対する考えを何度も聞き
そして相手の意見に良い所があればそれを取り入れていく努力も全力でしました。

ですが、いくら自分が嫌いなものさえも好きになる努力が出来る人間とはいえ
自分が心から求めてたものが望めないのであれば話は別。

一つ例を挙げればスターオーシャン3によってシリーズの良さを感じなくなった所。
かつてウチはスタオ3の後半とエンディングに閉口したのですが、すぐには諦めず
FD設定は科学によって説明がつくから従来シリーズと変わりないだの
社長の言う所のプログラムの自立があるなら、世界の認識も容易だの
今にして見ればバカらしい位に前向きになってはいたんですよね。
ですがそれによって失われたのが、良くも悪くも科学でカタがつく設定と
それを目の前にしてもなお、現実から目を背けない登場人物の心情
それらが一体となって生み出されるシナリオと世界観の現実味。
…それがスタオシリーズに求めてた魅力である為に、見限るしかなかったのです。
(設定資料の「ご想像にお任せします発言」でトドメをさされたというのもありますが)

そして悪魔城も「作り手が気に入らないものを塗りつぶしてスッキリさせる」のなら
自分の求めてた不完全な歴史解釈と意見共有、意見相違はもう楽しめないかもしれない。
例え自分がしぶとく続けても、今回の件で大半のユーザーの思考が止まるかもしれない。
作り手が「○○だから無理でしょ」を標準化しようとしてるのだから。

そして何よりスタオ、悪魔城ともに共通してるのがユーザーの楽しみを理解してない事。
いや、ユーザーによって作られた楽しみを理解してないといった方が正しいでしょうか。

PSP版スターオーシャンはウェルチの参入によって実質3設定で旧作を塗りつぶし
スタオ=キャラゲという安直な考えによってか、リデザインだけでリメイクと銘打ってしまった。
どうせユーザーを対立させて遊ぶなら、絵とかじゃなくてもっと本質に迫ったものにしてよ…
悪魔城ドラキュラは時代考証の無関心さが示す、IGAによる俺歴史構築姿勢。
シリーズ統括者が新しい作品を作る上で、設定の統合性を全く警戒しないという事は
シリーズファンを切り離しているとも解釈可能。確かに作りたいものを作る姿勢は納得出来る。
だがその前に何を背負った上でゲーム作りしてるかマジメに考えてくれ…
(ただし作るにしても、製作者側から補間要素を語るのは必ずしも望ましいとは言えない
 ユーザーの思考が固定され発想力が奪われてしまうから)

長々と駄文を書き連ね、全く纏まってないという迷い心全開な状態ではあるのですが
もしかしたら見限る決断はアッサリと下せるかもしれません。
他のファン達がずっと前からしてきた事を、自分達がする番になっただけなのだから。

否、まだ見限るには早いかもしれません。
今だから白状してしまうと、全てに迷いを抱いてた頃の自分はコナミ宛てのアンケートに
ファンの意思を汲み取る気が無いなら突っ走って欲しいとタブーを書いてしまったのです。
もしこれが受け入れられて作り手とユーザーの思考を同時に停止させてしまったのなら
それだけでも自分はシリーズの全てを受け入れた上での答えを出す義務がある。
…結局あの時自分は諦めない事を選んでしまったから。

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